これまで私は、鍼灸や身体のことについて学び、日々の施術を通じて、さまざまな方の身体と向き合ってきました。

その中で、技術や知識を身につけることはもちろん大切なのですが、ずっとどこかに引っかかっているものがありました。

鍼の技術を学ぶ。身体の構造や仕組みを学ぶ。新しい施術方法を知る。食事や睡眠、運動について考える。

どれも大切なことですし、実際に役立つものです。

しかし、それらを一つひとつ学んでいくうちに、そもそも自分は何のために医療に携わっているのだろうか、という疑問が大きくなっていきました。

身体の一部分を整えることが目的なのか。病気や症状を改善することなのか。それとも、人間そのものを理解し、その人がよりよく生きていくためのお手伝いをすることなのか。

考えてみると、私は鍼灸という技術を追いかけていたというよりも、その先にある何かを探していたのかもしれません。

橋田邦彦先生の思想に触れて

橋田邦彦

今回、生理学者・医学者であり元文部大臣の橋田邦彦先生の思想に触れたことが、一つの大きなきっかけになりました。

橋田先生の「医人」「医行」「格医」という考え方を知り、医学や医術というものは、単に知識や技術を身につければよいというものではないのではないか、と改めて考えるようになりました。

医術を行う人間自身の在り方もまた、医術と切り離せないものなのではないか。

これまで自分の中にあった疑問が、少しずつつながっていくような感覚がありました。

もちろん、橋田先生の思想をそのまま受け継げばよいという話ではありません。時代背景も違いますし、現代の医療に照らして考え直すべきこともあります。

それでも、私にとっては、医術そのものを根本から考え直すための大切な出発点になりました。

鍼灸をしたいのではなく、医術を探究したい

杉沢はりきゅう院健康美人院長の松井cは国家資格取得しています。ここで、改めて気づいたことがあります。

私は、鍼灸をしたいというよりも、医術を探究したいのだと思います。

もちろん、現在の私の仕事の土台には鍼灸があります。鍼や灸を使うことができ、それによって身体に変化をもたらせる経験もあります。

しかし、鍼をすること自体が目的ではありません。

その人にとって何が必要なのかを考え、必要な方法を選び、実践する。それが医術なのではないでしょうか。

場合によっては鍼灸が適しているでしょうし、按摩やマッサージ、身体の使い方や生活習慣についての助言が必要なこともあるでしょう。

スポーツ現場ではスポーツトレーナー、介護現場では介護職、病院では医師や看護師、検査の場面では診療放射線技師など、それぞれの専門家がいます。

自分の専門領域では対応できず、医師や他の専門家に相談していただくことが最善の場合もあります。

手段にこだわるのではなく、その人にとって何が必要なのかを考える。

そう考えると、私がこれまで学んできた鍼灸も、医術という大きなものの一部分だったのだと感じます。

東洋の思想と西洋の科学

陰陽図 もう一つ、以前から考えていたことがあります。

それは、東洋医学と西洋医学の関係です。

現代医学は、解剖学や生理学、病理学などを発展させ、科学的な研究によって多くの成果を上げてきました。これは疑いようのないことです。

一方で、東洋医学には、人間を部分だけでなく、全体として捉えようとする考え方があります。自然との関係や、季節、生活、心身のつながりなども含めて人間を理解しようとしてきました。

どちらか一方が正しく、もう一方が間違っているという話ではないと思います。

私が考えているのは、東洋的な思想を根幹に置きながら、西洋の科学や技術を取り入れていくという方向性です。

陰と陽のように、異なるものが互いに働き合い、全体として調和していく。どちらかを排除するのではなく、それぞれの良さを生かしていく。

それは単純に半分ずつ混ぜ合わせるということでもありません。

人間をどう捉えるかという根本の考え方と、それを観察し、確かめ、実践するための科学的な方法。その両方を大切にしたいのです。

そして、そこに日本の自然や文化、歴史、食生活、住環境、人との関わり方などを踏まえた視点を加えることで、日本に根差した医術というものを考えていけるのではないかと思っています。

ただし、日本人はこういう体質だ、日本人はこういう考え方をする、と簡単に決めつけるつもりはありません。実際の生活や身体の特徴を見ながら、一つひとつ確かめていく必要があるでしょう。

医術を行う人間自身の在り方

医者・看護師ここまで考えてくると、医術を行う人間自身についても考えなければなりません。

知識や技術、経験が必要なのは当然です。

しかし、それだけでよいのでしょうか。

患者さんの話を聞くこと。相手の立場を考えること。自分の判断を過信しないこと。自分の未熟さを認め、学び続けること。

そういった人間としての在り方も、医術には欠かせないものだと思います。

ここで、私の中では武士道という考え方にもつながってきます。

武士道というと、剣術や強さ、厳しさといったイメージがあるかもしれません。しかし、私が大切にしたいのは、義や仁、礼、誠といった、人としての在り方です。

自分の欲や怒り、慢心に振り回されず、何が正しいのかを考え、必要なときには自分を律すること。

自分自身の心の刃を磨くことが大切なのだと思います。

医術を行う人間として、自分自身を修めていくことも、日々の仕事の一部だと考えています。

知識や技術を磨くことと、自分自身の心を磨くこと。その両方を怠らず、実践していきたいと思います。

知識を得るだけではなく、実践する。実践したことを振り返り、また学ぶ。

知行合一という考え方も、ここにつながってくるように感じています。

これからの医療と人間の役割

AI ロボット今、AIやロボットなどの技術が急速に発展しています。

情報を整理すること、画像を解析すること、膨大なデータを処理することなど、機械やAIが得意とする分野は、これからますますそちらに任せていくことになるでしょう。

それは医療にとっても大きな可能性だと思います。

一方で、人が医療や介護に求めているものは、それだけではないはずです。

自分のことを理解してもらえる。話を聞いてもらえる。大切に扱ってもらえる。安心できる。感謝したり、誰かと気持ちを通わせたりする。

恩や仁義礼節といったものも含め、人と人との関係の中にある価値は、これからも大切にされるのではないでしょうか。

ただし、優しさや思いやりだけで医療が成り立つわけではありません。

医師には医師の、看護師には看護師の、介護職には介護職の、鍼灸師には鍼灸師の専門的な知識や技術、経験があります。それぞれの専門性をしっかりと身につけたうえで、人間としての在り方も大切にする。

これは特定の職業だけの話ではなく、人の身体や生活、命に関わる仕事に携わる人たちに共通することなのではないかと思います。

技術が進歩するからこそ、改めて人間とは何か、人を大切にするとはどういうことなのかを考える必要があるのかもしれません。

これから探究していきたいこと

杉沢はりきゅう院の施術室です。

こうして考えていくと、私がこれから取り組んでいきたいことは、単に鍼灸の技術を磨くことでも、温活や腸活といった健康法を広めることでもないように思います。

それらはもちろん役立つものです。しかし、あくまでも手段の一つです。

もっと根本にある、人間とは何か、生命とは何か、健康とは何か、そして医術とは何のためにあるのか。

そういったことを学び、考え、実践していきたいと思っています。

東洋の思想を学び、西洋の科学を学ぶ。日本の歴史や文化、自然との関わりを見つめ直す。そして、日々の臨床の中で実際に人と向き合い、自分の考えを確かめていく。

それは鍼灸師だけの話ではなく、医師や看護師、介護職など、人の命や生活に関わる人たちにも通じるものがあると思います。

これから探究していく中で、すでに同じようなことを考え、実践されている方々からも学んでいきたいと思います。先人たちが残してきた知恵を受け継ぎながら、自分自身の臨床と経験を通じて、さらに深く考えていきたいと思います。

新しいものを創設することが目的ではありません。大切なのは、この問いに向き合い、実際に取り組み続けることだと考えています。

自分がこの仕事を通じて探究していくべきことが、ようやくはっきりとみえました。

これからも学び、実践し、振り返りながら、自分なりの医術を深めていきたいと思います。

それがいつか、自分のためだけではなく、目の前の人のために、そして次の世代のためにも役立つものになれるよう積み重ねていきます。